おりにっき

じょうはな織館スタッフが綴る日々の出来事

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過去のすべて

事あるごとに書いてるネタ帳が

最近ずいぶんと残酷で

容赦ない愚痴が過ぎるので、

ここで披露できないというのが

今の私の悩みです。

(↑ブラック織館)









みなさまこんにちは。

本日の城端は





で、ございます。

こんなに寒い日になったのに、

何を考えているのかずいぶん薄着で来てしまったので、

普段縫製で使ってる手拭いにアイロンをかけ、

そのぬくもりが冷めないうちに

すばやく首に巻いて暖を取る。という

斬新かつとても自分の仕事の流れに巧く沿った

合理的な行動をしてるので、

誰か私を褒め称えて下さい。

(↑傍から見るととても怪しい)














閑話休題。













今年の夏にジブリ映画の最新作

「風立ちぬ」が公開さたり、

日本の働くお船のゲームがブームになったりして

ここ最近は書店を覗いてみれば、

「零戦」やら、「戦闘機」やら、

「戦艦」「軍艦」などに

関連した書籍や雑誌がたくさん見られます。



私も「風立ちぬ」を見に行ってきましたし、

お船を指揮する提督もやってますので、

せっかくですし

この「おりにっき」でも世間の

ミリタリーブームの波に乗って

ちょっくら今日は

戦争と

城端の織物と

零戦

のお話をしたいと思います。



まず、お話はわたくしの仕事場であります、

ここ、じょうはな織館から始まります。

IMG_6343.jpg

織館2階、機織り場の

奥に置いてあります。

こちらの写真をご覧ください。


IMG_6344.jpg


零戦です。


( ゚∀゚)< え?何で?


さらに、よく見ると翼の裏に

「城端織物號」の文字が。

IMG_6345.jpg


( ゚∀゚)< え!?何で!?



時代は今から約83年前、

1930年頃、昭和6年頃から、

当時の日本では諸外国との

戦火の拡大とともに、

民間各層から兵器献納の拠金が

盛んだったそうな。



( ゚∀゚)< 簡単にいうと戦争募金ブームやね。



陸軍へ納められた兵器はは「愛国号」、

海軍への納められた兵器は「報国号」と名付けられ、

飛行機は昭和七年(第一次上海事変当時)から、

昭和二十年(太平洋戦争終戦時)まで、

十三年の間に約1700~1800機のぼる多数機が、

国民各層から海軍に献納されたそうです。


献納者は企業から

一個人まであらゆる階層に及んでいて、

老い先短い匿名の高齢者や

おこづかいを出し合った小学生や女学生など、

特に一般市民の戦意は高かったのだそうです。


そして、

昭和17年、ここ城端でも

当時の「城端織物組合」の方々が10万円を拠出して

海軍機「城端織物号」を献納したのです。

20120402152337447_00030.jpg


( ゚∀゚)< 当時の紙幣価値で計算すると4000万ぐらいになります。


海軍さんからの

感謝状も残っています。

20120402152337447_0003.jpg


( ゚∀゚)< はぁ~…。ちょっと難しくて読めんけど要は「4000万円くれてありがとう。めっちゃ助かるわ~」って書いてあるんやよね。



そして、

城端国民学校グラウンド(今の城端小学校グラウンド)で

どんだけ集まってるの?っていうくらいの

大勢の人の中、献納式が行われ…

20120402152337447_00033.jpg

同じ日にやった海軍さんの吹奏楽行進の

パレードも城端開町以来の盛り上がりを見せ…

20120402152337447_0004.jpg


海軍さんと城端織物組合さん方々と、

じょうはな織館の玄関で記念写真をぱしゃり…

20120402123449559_00013.jpg

今から71年前のこの場所のお話。


( ゚∀゚)< 遠いようで短いなぁ


この写真の71年後この写真の場所で

私はこの建物の玄関の

戸を開けて階段下りてほうきをかけて

花に水をやってる。



( ゚∀゚)< 短いようで遠いなぁ。



私も生まれてない。

お父さんもお母さんもいない時代。

なんだかおとぎ話のような感覚でしか

イメージできませんね。




( ゚∀゚) < おじいちゃんおばあちゃんは生きてるけど…ん…?あれ?





(; ゚∀゚) ん?…






(; ゚д゚)ハッ!






(; ゚д゚)私のおばあちゃんが写ってる…



20120402123449559_00013.jpg
↑これ


(; ゚д゚)< 小っちゃいおばあちゃんだーーーーーー!!!!




あぁ。そうか。

祖母が事あるたびに聞かせてくれる、

「鶴の着物を来て兵隊さんとたくさんの人の前で代表で挨拶文を読んだ」

という話はこの事だったのか。


そうか。そうか。

繋がってたのか。

私が生きてなくても。

生まれる前から。



私がこの場所を好きになる事なんて

織館はずっと前から知ってた事だったんですね。


私がこの場所を大好きになることなんて

城端はずっと前から分かってた事なのですね。






( ゚∀゚) ………。





( ;∀;) ………。






戦争や苦しい時代があった事、

活気ある素晴らしい文化があった事は

物語なんかじゃなくて本当にあったことで。



そしてそれは「今」と「昔」で決して別々に

できない長い長いお話のようなもので、



( ゚∀゚)< これからももっともっと長くなっていくお話なんだろうなぁ。



そんなことを思ったら、

風立ちぬも、流行りのゲームも

「二度と戦争をしてはいけない」

「平和が一番」とかいう単純明快な

事だけじゃなくて、

現代人が知らない戦争に生きた人たちの

複雑でいろんな気持ちを知る、

きっかけをくれてるんじゃないかな。と、

思ったのです。







[参考資料]

「城端織物の歩み」城端織物工業協同組合編

「端唄の流れる里ー城端曳山祭と庵唄」金子千章 (著), 細川健太郎 (著)

「ふるさととなみ野」新藤正夫 (著

「城端町史」城端町史編纂委員会 編


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